プラザ合意をキッカケに円安ドル高が進み、不況となってしまった日本は、景気対策のために公定歩合(金利)を引き下げました。
ここから日本はバブル期に入っていきます。
公定歩合が引き下げられたので、多くの企業は土地神話をもとに財テクで儲け(バブル期に日本企業が土地神話をもとに行った財テクとは?のページ参照)、NTT株の急騰をキッカケに空前の株ブームが始まり、個人の資産は増え、物価は上がり、銀行は空き地の所有者へマンションやビル建設のための融資を増やしました(バブル期の空前の株ブームとはのページ参照)。
ここまでがバブル期です。
上記のことから、日本経済は景気がよくなり過ぎていました。物価も上昇しすぎていたので、ここで日本銀行は公定歩合を引き上げる検討に入りました。公定歩合を引き上げて金利を上げれば、土地を買う人も減る、と予想したのです。この当時、日本と同じように好景気が続いていた国があります。それはドイツです。ドイツも同時期に金利を引き上げる検討をし始めていました。
しかし、ここで問題が起きます。
1987年10月、ニューヨークの株式市場が大暴落したのです(ブラックマンデー)。
なぜニューヨークの株式市場は大暴落したのか・・・
当時、ニューヨークの投資家は、日本とドイツが金利を上げるだろうと思っていました。日本とドイツが金利を上げるのなら、円やマルク(ドイツの当時の通貨)を持っていれば、高い金利が得られる・・・そう思ったのです。
円やマルクを持とうと思えば、米ドルを売って(ドル売り)円やマルクを買う必要があります(円買い)。さらに、円やマルクを買うには資金が必要になる・・・資金を作るために株は売られて現金化されるだろう・・・そう考える投資家が多くなり、ニューヨークの株に売りが殺到し、大暴落を起こしたのです。
このニューヨークの株式市場の大暴落によって日本は困りました。日本は金利(公定歩合)を上げたいのに、金利を上げてしまえばニューヨークのお金が日本に流入し、アメリカはさらに不景気になってしまう・・・。アメリカに逆らえない日本は、この時点で金利を上げることができなくなったのです。ここで金利の引き上げを先送りにしてしまった日本は、さらにバブルが膨れ上がることとなったのです(この時、ドイツはアメリカを無視して金利を引き上げました。よって、ドイツはこの後、バブルが発生せずに済んだのです)。
この後、日本はバブルがはじけます。その解説は次ページで。
関連記事
|